週末の昼下がり、知人男性と二人で、小田急線で町田から新宿へ向かう途中、若い白人男性に執拗に絡む労務者風のおっさんを見た。
おっさんは白人男性(以下トム)の隣に座り、頬を寄せんばかりの距離で「外国人!日本から出ていけ!出ていけよ!」と言い募っている。わたしたちは二人の前に立っていた。
おっさんの執拗さは半端ない。酔っているのか緩急つけて「出ていけ!出ていけよ!日本から、出ていけー!」と延々繰り返している。トムは顔をそむけて聞こえないふりをしていたが、おっさんはぐいぐい顔を寄せ、唾を飛ぶ距離でぎゃーぎゃー言い続ける。車内はいつものように混雑しており車掌が呼べる状態ではなかった。みんながおっさんに注目しながら押し黙り、微妙な空気だ。
「ちょっと、なにこれ」と知人に小声でいった。知人は困った顔をしている。「どうしよう、言おうかな」「やめときなよ」知人はいさめる。「だって、いいの?」「…」
「出ていけ!外国人!」「なんなの、あの人?!」「危ないから俺がいうよ」あの頃はずいぶん大人に見えたけれど、知人は当時23歳くらいだったと思う。いくつ駅を通過しても知人は困った顔をするばかりだった。トムは英語で短く礼儀正しく何かいったが、おっさんは「英語を話すな!ここは日本なんだよ!この外国人!外国語しゃべるんじゃねえよ!」とさらに熱をあげる。多摩川を越え、生田を過ぎてもおっさんの暴走を止める人は誰もいない。
もういい。知るか。「おっさん、いい加減にしなよ」とわたしは言った。おっさんがこっちを見た。車内がシンとする。わたしはぐっと喉を詰めて、おっさんの反撃を覚悟した。
おっさんは突然眉を八の字にして、しみじみと「あなたはすばらしい人だ」と言った。「樋口一葉のような人だ」身構えつつも思わず笑った。車内もなごんだ。酔っ払いは予想を超えたことをする。おっさんはそれ以降トムに構うのを止めた。代々木上原あたりで思い出したように「…出てけぇ」と小声で言ったけれど、それで終わった。
新宿についてホームに押し出され、改札に向かって歩いていたら後ろからポンと肩を叩かれた。トムだった。「Thank you very much」とトムは言った。そしてそのままずんずん改札へ向かって去っていった。
知人があのとき何も言わなかったことは別にいい。でももし駅に着いてから「ああいう言い方はおっさんに失礼だよ。酔ってるだけなんだから、もっとわかりやすく相手に受け入れられるように丁寧にいわないと反発を買うよ。注意されたことであの人にもっと酷いことをしたかもしれないよ?」とか「当事者の問題に外野が割り込むのはよくない」とか言い腐ったら、まあ足踏んづけて張り倒すくらいはしたよね。
ではおっさん二人がゲームに興じて、隣の席に座っている民族をモデルにしたプレイヤーで対戦しており、負けが込んで「○○族、殺す!」といっていたらどうするか。そして「当事者が聞いたらどう思うか想像しろ」と注意する人に、おっさんらが「だってゲームだ、バカじゃねーの」とちゃかし続けたらどうするか。その民族の人が声をあげても無視し続けたらどうするか。そして、おっさんらがその民族を迫害してきた自分の民族の人間だったらどうするか。
わたしはこのおっさんらが車内から摘み出されても仕方がないと思う。
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でも今回の状況を見るかぎり、いまの日本じゃそうはならないみたいね。罵倒されてる民族じゃなく、おっさん側が少数派で、無邪気な殺害予告をされている側じゃなく、問題を指摘された側が殴られたと思っている人を見てびっくりする。
トムにはその後の人生のいろいろな局面で背中を押してもらったように思う。
安全なところから後出しするのは簡単だ。誰がどういおうと、わたしはそういうときに黙ってみている人にはなりたくないし、そこで声を上げる人の側にまわりたいと思う。おっさんには自分で反省してもらいたい。
「おっさんかわいそす」と思う人は、おっさんのところへいって慰めてやりなよ。そして親切丁寧におっさんが納得するようなすてきな話術で、ぜひおっさんを啓発してほしい。期待してる。