みなさんはヘイトスピーチという言葉を聞いたことがありますか。これは最近あたらしく使われるようになった言葉で、日本語ではありません。もともとの意味を日本語になおして「憎悪表現(ぞうおひょうげん)」と呼ばれることもあります。憎悪とは憎らしいという気持ちのことです。しかしヘイトスピーチは憎まれ口とは違います。
師岡康子さんという方の書いた「ヘイト・スピーチとは何か」 という本には、ヘイトスピーチという言葉は「人種主義的ヘイトスピーチを規制する国際人権条約である自由権規約二〇条と人種差別撤廃条約四条で共通して使われる用語である「差別扇動」incitement to discrimination と意訳する方が適切だろう」*1と書いてあります。*2
差別とは、その人がどういう人かではなく、性別、年齢、生まれた国や肌の色、国籍、文化、どんな人を好きになるか、どんな特徴のある体をもっているか、お金をどのくらいもっているか、どんな文化をもち、どんな学校へいったかなど、その人の人柄とちょくせつ関係ないことにもとづいて、その人がどんな人なのかを、まわりの人が勝手に決めてしまうことです。これは決められてしまう人にとっては、とても不公平で勝手なことです。
ヘイトスピーチとは、そのような不当な差別、つまりその人に相談しないで、まわりの人が勝手に決めたことに基づいて、その人にあれこれいったり、その人の生まれや育ちについて意見したりして、勝手な見方をますます強くすることです。
ではこれがあなたの毎日の暮らしとどんな関係があるのか、今日は「ミスマナーズの本当のマナー」という本から、ヘイトスピーチということばの意味を、絵をみながらいっしょに考えてみましょう。
お父さんのぶじょく
ぶじょく
親愛なるミスマナーズ
うちのお父さんたら、妹が何か悪いことをすると私にも文句を言います。妹を叱るかわりに私を叱るってわけじゃないの。そうじゃなくて、こんなふうに言うんです。
「どうしてお前たちは、そう物をこわすんだ」
「お前たち、そんなことはやっちゃいかん、すぐやめなさい」
私は何もしてないのに!不公平だと思うわ!何も悪いことをしてない人にこんなことをいうなんてぶじょくじゃないでしょうか。
ミスマナーズの答え
たしかに、あなたのお父さんは小言と侮辱をいっしょくたにしていますね。―このけじめがつかない人はいっぱいいます。―げんみつにいえば、妹さんは叱られたのですから、ぶじょくされたのはあなただけですよね。
このぶじょくのうまいところは、何も悪いことをしてない人を、何人でも巻きぞえにできる点です。もしもお父さんが、もっとぶじょくの名人なら、もっと大勢の人を巻きぞえにできるでしょう。たとえば妹さんがなにかをひっくりかえしたとき、あなたのお母さんが何かべつのことをしていたのに、こう言うとします。
「お前たちは実にぶきっちょだ。お母さんそっくりだ」
お父さんのぶじょくは一石二鳥の効果があったことになるでしょう。
一石二鳥どころか、一石何十鳥ものぶじょくをすることもできるんですよ。たとえば、「お母さんの身内は、みんなこうだ」と言ったとすれば、どこまでを身内に入れるかで、巻きぞえにする人もどんどん増えてきます。
それから、「お前たちふたりは」のかわりに、「お前たち子どもってのは」と言えば、よその子も巻きぞえにすることができるわけです。
ほらね、たいしたもんだなあと思うでしょう。こんな具合ですから、あなたのお父さんは、この種のぶじょくの超名人というわけでもないのですよ。
p89~90
ヘイトスピーチとは巻き込み型のぶじょく
自分の大切なものを壊されたり、何か嫌なことをされたりすれば、相手に怒るのは自然なことです。しかし、そのことと直接関係ない人まで巻き込んで文句をいうのはぶじょくです。また直接悪いことをしたわけではないのに、その人と似たところがある人が悪いことをしたから、その人も悪いことをするだろうというのもぶじょくです。
このお話に出てきた「ぶじょく」は、「ヘイトスピーチ」の基本的な考え方をよくあらわしています。ある人たちは「ヘイトスピーチとはとても悪い人が、わざと人を傷つけるために使う、とくべつ攻撃的な言葉だ」と考えています。そうやって人を傷つけ、ひどいことをした人がニュースに出てきたからです。しかし、ヘイトスピーチとはわたしたちが知らないで、まったく悪気なくしてしまう「巻き込み型のぶじょく」と考えるとどうでしょうか。これはとても身近な問題です。
お話に出てきたお父さんのように、目の前の人に抗議しているつもりが、おなじ特徴をもつ関係のない人を、どんどんぶじょくしていることに気がつかないことがあります。「おまえたち娘は」というかわりに「おまえたち女の子というものは」といったり、「お母さんの親戚は」というかわりに「○○人は」といったりすれば、とても大きな巻き込み事故が起きることもあります。
ヘイトスピーチにあたるのは、悪い言葉だけではありません。その人と似た人が上手にできた仕事を、その人も得意に違いないと決めつけたり、その人のいいところを見て、その人と似た人全員がそうだと決めつけるのも、相手をただひとりの人間として見ていないという意味で、ぶじょくになることがあります。それが心からのほめ言葉であったとしてもです。
どんな気持ちで誰に話すかは大切です。けれども、みんなが見たり、聞いたりできる場所で、誰かの国や民族全員を巻き込んで意見をいうときには、それが本当かどうか、自分が巻き込んだ人みんなが、それを見てどう思うかを、よく考えなければなりません。
文句をいいたいときは相手をはっきりさせる。誉めたり、好意を伝えたいときも相手のどこがすきかをはっきりさせる。インターネットに書くときはとくに巻き込み事故に注意して、左右を確認する。あとから「いいえ、あなたのことじゃありません」「ほめたんですよ、悪く思わないで」といわなくてすむような言葉を使うのがいちばんです。